●どのステージにあるか判定する
今まで述べたように、私の動向分析は、特定の研究テーマであれ、学会を構成するような大きな研究分野であれ、さらには研究テーマとは異なる生命科学の特定の事象であれ、「白楽の研究栄枯盛衰6段階説」のどのステージにあるか判定することが主眼である。[注:しばしば、研究テーマ、研究分野、さらに大きな領域を区別せずに研究分野と記す]。
生命科学の「特定の事象」とは何かというと、「興味があり、分析できるすべて」である。例えば、研究分野以外に、特定の医薬品、実験法、大学や研究機関、ノーベル賞などの科学賞、中国・米国・日本という国、研究者の事件、などなどの「特定の事象」の栄枯盛衰で、硬い話から柔らかい話、公的な事象からタブー視される事象まで、何でも扱いたい。それらが、「白楽の研究栄枯盛衰6段階説」のどのステージにあるか、根拠と基準を示しながら、分析する。
動向分析は、過去のデータから未来を予測する作業である。データに基づく動向分析の利点は客観的で実証的な点である。しかし、一部の読者は、筆者が示す根拠や基準、解釈や結果を納得しないかもしれない。人は多様で、同じデータをみても異なる解釈をすることは珍しくない。複雑な現状をどう分析するのかも人により異なる。それなのに、不確定要素の多い未来を予測するのである。しかも、未来の予測に莫大な富・権力が絡み、多数の人の人生が絡む。多様な解釈は当然だ。
それで、万人が納得することを、最初から求めない。筆者が納得するレベルで良しとする。他人からの議論や批判を恐れず、重要だと思う対象を、なるべく断定的に結論する。筆者の分析をたたき台にしてもらおう。タブー視される対象や切り口も、あえて扱う。なぜタブー視されるのかを憶測すると、そこに特定の人・国の利権、文化的偏見や因習、人間性の深層が絡む。むしろ積極的に扱うことを考えた方が良いかもしれない。
前回記述したように、筆者は、大学を退職しており、動向分析の研究で日本政府や助成機関から研究費を得ていない。政府のどの委員会にも属していない。企業の役員や業界の定常的コンサルタントをしていない。それで、何をどう分析しても、利益相反の恐れはない。自分自身の興味に誠実に従える。
しかし、データに基づいて動向分析をするとなると、客観的なデータは過去のものしか扱えない。特定の研究テーマを将来とても重要だと主張するにしても、データに基づいて分析できる「最も初期」の研究テーマは、ぜいぜい、「2.始動期」に入った研究テーマである。その場合、多分、10~30年で「3.発展期」「4.成熟期」を経過し、20~40年ではおそらく「5.衰退期」に入るだろう。
もちろん、これは一般論で、研究テーマによってはもっと早く「5.衰退期」に入る場合もあれば、もっと遅く入る場合もあるだろう。何が言いたいかといえば、現在10代~20代の若者が自分の進路として生命科学の特定の研究テーマを選ぶとき、中年までの研究テーマをカバーしても、その後、50代~60代にその研究テーマでは衰退する。だから、途中で乗り換える、あるいは、自分で新しい方向性を見出す必要があるということだ。
●動向分析の方法:過去を単純に未来に延長
未来予測の基本は、過去のデータから現在までの動向を探り、過去の傾向やパターンを、未来に延長することである。つまり、過去の延長上に未来があると予測する。これが基本である。
この基本は単純で解説がいらない。文献を挙げる必要はないかもしれないが、大村平の『改訂版 予測のはなし 未来を読むテクニック』(日科技連 1993年)にわかりやすく書いてある。著者の大村平は1930年生まれの航空自衛官で、工学博士号を持ち第18代航空幕僚長を務めた人である。
予測といっても、なんの手掛かりもなく予測できるものはありません。手掛かりのほとんどは過去の経験の中に求められるのですが、いちばん確かで使いやすいのは時系列に整理された過去のデータです。そのデータから読みとれる過去の傾向を、そのまま未来へ延長すれば、その延長線上に将来の姿が浮かび上がるからです。そして、この考え方は、さまざまな予測手法の根底に必ず潜在しているといっても過言ではありません。(大村平、『改訂版 予測のはなし 未来を読むテクニック』、日科技連 1993年)
つまり単純に「過去の傾向を、そのまま未来へ延長する」のである。
図表1-18でみてみよう。横軸の年数を省略したが、5つの測定値(〇)は、1970年から10年ごとに測定した測定値である。最後の測定値(〇)は2010年である。この5点が図表1-18のように直線的に上昇すれば、10年後の2020年、20年後の2030年にどのような値を予測できるか?
「過去の傾向を、そのまま未来へ延長する」ので、とりあえず、数年は、直線的に増加すると予測できる。直線的上昇がいつまでも続くことはあり得ないなら、どこかで増加は止まると予測できる。止まる時期は、10年後の2020年なのか、20年後の2030年なのか、グラフでいえば、BなのかAなのか、このデータだけでは予測できない。また、原理的には、その後、再び増加・変化なし・減少の3択しかないが、どう変化するのか、ここからは予測できない。しかし、BであれAであれ、点線で示したように、数年は直線的に増加すると予測できる(する)のである。
●動向分析の方法:パターンを読み取る
時系列のデータは、現実はしかし、図表1-18のような単純でブレの少ないことはめったにない。
実例を示そう。図表1-19は、日本学術振興会学術システム研究センターの論文から引用したが、過去に日本の科研費でどのような生物種が使用されたかの図である(日本学術振興会学術システム研究センター:生物系科学分野の研究動向、2007年)。
1984―1992では主要な生物研究材料で0.3% 以下であったシロイヌナズナが1998年以降は4% となり,動物・植物・微生物のすべての材料の中でトップになったことである(図1).かつて,生命の分子メカニズム研究のモデルとして大腸菌に研究が集中したように,植物の形態形成・生理機能・環境応答などすべての分子機構解明のモデル生物として,シロイヌナズナが用いられるようになった.(日本学術振興会学術システム研究センター:生物系科学分野の研究動向、2007年)
シロイヌナズナの使用率がドンドン上昇し、2003年以降のデータでは最多になった。単純に「過去の傾向を、そのまま未来へ延長」すると、いずれ、生物学の研究で扱われる材料はシロイヌナズナが100%を占めるようになるか? 誰もそう思わない。
現実的に考えると、まだ数年は高い使用率を保つかもしれないが、酵母やショウジョウバエの栄枯盛衰のパターンように、ピークを経て低くなるだろう。つまり、栄枯盛衰のパターンが一般的である。
●動向分析の方法:傾向変動、周期変動を読み取る
栄枯盛衰のパターン以外にどのような曲線的な変化があるか? 未来を予測しやすい曲線的な変化の1つは、周期的な変化である。
大村平『改訂版 予測のはなし 未来を読むテクニック』(日科技連 1993年)から、文章・図表をお借りしよう。
ある飲食店での生ビールの月別売上を経時的時系列のデータをグラフにすると以下のようになった(図表1-20)
時系列のデータは、いろいろな変動を含んでいる。変動は、傾向変動、周期変動、誤差変動の3つに大別される。大村平の同書から以下に引用しよう。
傾向変動(trend variability)は、時系列データに大小さまざまなデコボコがあるにしても、全体の基調として増加したり減少したり、増加や減少の仕方が直線であったり曲線的であったりするような変動のことを云います。
周期変動(periodic variability)は、一定の周期をもって増減する変動を総称します。とくに、1年を単位とする周期変動を季節変動ということがあります。
誤差変動(chance variability)は、偶然によって起こる不規則な変動です。また、偶然変動とか不規則変動と呼ばれることもあります。
誤差変動を消去するには、測定点を数点ずつ平均する方法が有効である。以下に5点移動平均法で図表1-20を処理した結果を示す(図表1-21)。
上記の図の点と点の間を直線でなく、全体を曲線にして、周期変動と傾向変動を読みとると、以下の図表1-22になる。
その後、以下の図表のように過去の傾向を未来に伸ばす(図表1-22)と、結論として、「生ビールの売上は全体としては上昇基調にあり、夏と冬の売上の差は減少していくと予想される」となる。
この分析は現実的かどうか?
具体例を、気象庁が発表した120年間の海面水温の変化データでみてみよう(図表1-24)。誤差変動を5年移動平均法で消去すると水色線になり、赤色線で傾向変動を読み取ると、海面水温は毎年0.0051℃直線的に上昇している、となる。直線的上昇がいつまで続くのか予測できないが、とりあえず、今後も毎年0.0051℃上昇するだろう。(気象庁 海面水温の長期変化傾向)。
現実に生命科学の動向を分析するには、過去のさまざまな時系列データを集め、それらが未来にどれだけ寄与するかを推定する作業になる。その推定方法は、こうやって種明かしすると、過去の延長、パターンの抽出、周期変動・傾向変動の抽出などであり、それほど高度ではない。
しかし、どのような時系列データを集めるか、集めたデータの重要度の判断が高度なのである。動向分析者の知識・経験・センス・カン・好み・性格などに依存するがその点が高度ということだ。動向分析は、主観的要素が多い。つまり、私が生命科学をどう見るかという思想そのものでもある。
今回は以上です。
次回をお楽しみに。
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