2‐1‐1.推奨される研究

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第2章 推奨される研究と禁止される研究

概略
近年、バイオ科学技術が急速に発展している。生殖医療、ヒト万能細胞、遺伝子操作、クローン生物、遺伝子食品などたくさんある。少し前までは想像すらできなかった生物操作も可能になった。生命科学の「研究動向」を考えるとき、10年先、30年先、生命科学研究者は何を研究し、その時点では、その先の何を目指しているのだろうか? それを読み取り、現在の私たちは、どのような方向を目指すことが望ましいのだろうか? 将来は現在を土台にしている。

現在の研究者個人が何を望み何を目指しているかをというより、現在の人類社会が何を望み何を目指しているかを考えた方が良いかもしれない。もっと厳密には、現在の日本政府(米国? 欧州?)の科学技術政策決定者が何を目指しているのだろうか? 一方、日本を含め先進国の一般大衆は、科学技術はすでに、過度に進み過ぎたと思っているに違いない。従来の人間社会の生命倫理観から一歩踏み出したバイオ技術がすでにあるし、むしろ禁止すべきだと思う研究もあるだろう。

第2章では、まず、現在、推奨されている研究を明確にし、その後、禁じられている研究を議論する。「禁じられている研究」と書いたが、もちろん、日本国憲法の第二十三条に「学問の自由は、これを保障する」と明記され、建前上、どんな生命科学研究をしてもよいことになっている。しかし、現実は法律で規制された研究もあれば、法律では禁止されていないが、いろいろな意味で危険(タブー視される研究、研究しない方が無難)な研究がある。院生・研究者は、危険な領域に足を踏み込まないよう、理由や状況を理解しておいた方が良い。

儲かる「発見・発明」が推奨される

生命科学研究ではどんな研究をするとよいのだろうか? 最初に世俗的なことを言うが、推奨される研究の最大は、金銭的に儲かる「発見・発明」である。なお、「儲かる」を2~3年以内の「すぐに」と限定しないでほしい。10年後でも、30年後でもいい。とにかく、「金銭的に儲かる」ことが大目標である。

では、「誰が儲かるのか?」。答えとしては、「企業」が儲かると考えて良い。企業が儲かれば、国家が儲かる。また、直接の関係者(発明・発見者だけでなく、広告メディア、教育界などさまざま)が儲かる。間接的な関係者つまり、日本国民と世界中の人々も儲かる。儲からないのは、敵対する企業、国、関係者、国民である。だから、カネにつながる研究をすればよい。

では、どんな生命科学研究が儲かるのか?

実は、この命題に対する答えが本書の主眼で、第3章以降、各論を詳細に述べる。第2章は総論を論じる。

「必要」や「自然界の謎解の明」は研究の動機にならない

生命科学研究の進むべき方向にとして「金銭的に儲かる」だけだろうか? 一般的には、むしろ、「金銭的に儲かる」研究は軽蔑されている。学問として面白い研究をすべきだという価値観が強い。「金銭的に儲かる」目標は小さすぎて目先のことしか考えないと否定的だ。

実は、大きく「金銭的に儲かる」目標を立てることが難しい。

それで、人間を取り巻く自然界の「なんでだろう?」という知的好奇心から、謎を解き明かし、未知のことを解明し、「人類の知の蓄積」をし、「知識体系の構築」をする。その“結果”として、人類社会に大きく「役立つ」(「金銭的に儲かる」)のであって、最初から大きく「金銭的に儲かる」目標を立てられない。それで、逆説的に、「金銭的に儲かる」のを研究目標にしてはならない、という価値観が科学者の間で支配的になっている。特に基礎科学推進派にこの考えをする人が多い。

しかし、この研究姿勢は「必要は発明の母」の時代の哲学で、古すぎて、現代にそぐわない。現代の発明のかなりの部分は、1世紀前と異なり、人間が苦難から解放され健康で幸福に生きるために“必要”なこと、が動機になっていない。携帯電話であれ、iPS細胞であれ、“必要”が根源ではない。美容整形、ペット産業、メディア・娯楽産業、スポーツであれ、“必要”が根源ではない。

また、知的好奇心を科学研究の動機とする考えは、人間社会を取り巻く自然が未知に溢れていた時代の哲学であり、これも、現代にはそぐわない。自然科学が発展した19世紀・20世紀までは、人間を取り巻く自然界に未知の現象があふれていた。しかし、多くの人が都市に住む現代では、多くの人は、人間を取り巻く自然界にほとんど触れない。また、謎だった自然界の現象はほとんど解明され、未知のフロンティアはもう存在していない。

事実、現代の自然科学は“自然”を対象に研究していない。化学も物理学もそうだが、生命科学では、自然界の植物を採集したり、昆虫を観察する研究に「なんでだろう?」という未知の領域はない。研究は自然界ではなく、都会の実験室内の、温度や空気を人工的に調節した培養器内の細胞を使い、人工のエサで飼育している遺伝的に純系なマウスやショウジョウバエを対象に研究する。“自然”ではなく、“人工”の“非自然”の生き物を対象に“自然”科学の研究が行なわれている。

だから、“必要”だからという動機で研究し、発明・発見することを科学研究の動機にするのは無理がある。同じように、人間を取り巻く自然界の不思議に接し、その謎を解くために「なんでだろう?」という知的好奇心から、発明・発見が行なわれることを科学研究の動機にするのも無理がある。

儲かる「発見・発明」以外にあるのか?

とはいえ、生命科学研究の進むべき方向として「金銭的に儲かる」以外に、推奨される研究はある。“人工”の“非自然”の生き物を対象に「面白い」「発見・発明」をすることだ。この場合、「金銭的に儲かる」かどうかは2の次である。

研究成果は、通常、「新しい」発見・発明だと考えられている。その発見・発明が重要であればあるほど優れた研究だと評価される。では、どのような「新しさ」が重要だと評価されるのか? 生命科学だと、バイオ政治学第1巻で述べたように、「方法」「物質」「哲学(考え方)」の3つのうちのどれかが「新しい」ということだ。そして、それらが他の「方法」「物質」「哲学(考え方)」に与えるインパクトが大きければ大きいほど良い(ここでは、インパクト=影響)。

医療系では、病気の「予防」「診断」「治療」が主たる対象だ。病気の「予防」「診断」「治療」に関して、それぞれの「方法」「物質」「哲学(考え方)」に、新しい「発見・発明」があればよい。通常、これら「方法」「物質」「哲学(考え方)」はスパイラル状に相互作用して上昇する。

例を挙げよう。

ノーベル生理学・医学賞を受賞した山中伸弥のiPS細胞(induced pluripotent stem cells)を例に挙げよう。なお、思想的に英語単独表記を好まないので日本語表記を併記する:iPS細胞­=人工多能性幹細胞(じんこう たのうせい かんさいぼう)。

途中だが・・・・・・。

――――ここから、大きく話がずれる。正直に書いてしまおう――――

第1章を書き上げ、第2章の配信までに1か月以上たってしまった。この間、実は、1か月ほどオーストラリアを旅行した。帰国後、再度、本書を書き始めた。しかし、どうにも気持ちが深まっていかない。

第2章の全体像はできている。実は、第3章の「医薬品開発の動向分析」もある程度、粗雑ながら草稿ができている。しかし、それらを土台に、分析をすすめ、議論を深め、推敲する作業が進まない。自分の根底にある「むなしい気持ち」が払拭できない。

第1章の終わりに、「日本が衰退する」と書いた。現代の日本人に「発展する意欲がない」から「日本が衰退する」と書いた。生命科学の動向分析をし、このような知識・スキル・経験・能力を身につけるとイイよと提示しても、現代の日本人は「ヤル気」がないからやらない。未来はこうなるから、現在、こうしなさいと示しても、「ヤル気」がないからやらない(だろう)。だから、「日本が衰退する」と書いた。それなら、「日本が衰退する」という前提で、生命科学の動向を予測するしかない、と書いた。

もちろん、ここの読者は、充分、ヤル気を持っていると思う。ヤル気があるから、この本を読んでいるのだと思う。しかし、日本のマジョリティは「ヤル気」がない。

2011年9月に拙著『科学研究者の事件と倫理』を講談社から上梓した。日本の科学研究者の事件を分析し、研究者個人、政府、教育界、学会として、研究者が事件を起こさないようにするにはどうしたらよいか、分析し、解決策や問題点を提言した。お陰様で、関心を持つ政府機関、新聞社、学会、企業、大学の人たちからコンサルタントや講演依頼のコンタクトがあった。誠意をもって対応した。しかし、結局、どの組織も私の期待するレベルの改善策を推進しない。だからだろうか、研究者個人は、相変わらず、事件を起こしてメディア報道されている。どうしてなんだろうか? なぜ、研究不正は減らないのだろうか? 何度も考えたが、行きつくところは、結局、日本社会のマジョリティに「ヤル気」がないのだ。

だから、生命科学の動向分析をし、このような知識・スキル・経験・能力を身につけるとイイよと提示しても、実行されないだろう、と感じてしまう。この気持ちを払拭できない。この状態で、砥石で刀を研ぐように、切れ味のよい動向分析をしていくことが難しい。居住まいを正して、日本社会への熱い気持ちをもちつつ、動向分析をする気迫を保てない。骨を断ち切る動向分析をする意欲が湧いてこない。

激しい欲求が生じてこない。

――――ここまで、大きく話がずれた――――――――

今日は、ここで、ヤメておく。

今回は以上です。
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