1‐3‐1.動向分析する視点


なぜ動向分析をするか?

なぜ私が生命科学の動向分析をするのか?

答えは、バイオ政治学の基本の1つだと考えているからだ。

2009年から執筆を開始した『バイオ政治学』の3巻で、「科学研究のあり方」「研究者の事件と倫理」「メディアの中の生命科学」を扱った。これらの内容は、生命科学という学問がそれなりに存在し、人類社会の中で機能しているということが前提である。生命科学という学問がもうすぐ終焉を迎えるなら、現在の生命科学について、問題点の分析・改善も、生命科学とは何か、生命科学者はどうあるべきかも、考え、議論を深める必要はない。しかし、終焉を迎えるかどうか、分析しないとわからない。

といっても、私が生命科学の動向を分析しなくてもよい。確かに、たくさんの組織と人が生命科学の動向を分析している。

私が分析する意図や強みはなんだろう?

意図は単純である。私は、日本語や英語、著書、報告書、論文、ウェブで、今まで、自分が満足する分析結果をみたことがない。日本語のこの手の分析は貧弱なものばかりである。一方、英語には、質の高い分析がたくさんある。しかし、米国の権威ある科学者集団(NSF、科学アカデミー、NIH、AAASなど)からの文献も、私は満足できなかった。何かが違うのである。

強みはなんだろう?

1つは、長年、生命科学の現場の実験科学者だったことである。多くの動向分析者は研究者の気持ちや研究現場を知らない。そのために見当はずれな前提の元に分析を進めていることが多い。もっとも、一方向から見ての利点は、別方向から見ると欠点になる。生命科学の実験科学者だったことは、逆に、狭い研究経験にとらわれ過ぎる面はあるだろう。

もう1つは、筆者は、どの組織団体にもしがらみがないことである。現在、特定の組織団体の所属していないし、定期的な金銭的援助をどこからも受けていない。つまり、分析の姿勢・方法・対象・結果など、どの局面で切っても利害関係によるバイアスがない。他人から見ても疑念を抱かれない。

厳密に言うと、他人からみて唯一、利益相反の可能性があるのは、お茶の水女子大学である。長年、お茶の水女子大学教員であったし、現在は退職したとはいえ、肩書は、お茶の水女子大学・名誉教授である。

ただ、名誉教授はお茶の水女子大学に所属しているように思えるが、給与はもちろん、研究にかかわる金銭・物品・設備は支給されない。講義もしていない。お茶の水女子大学・名誉教授として文部科学省の研究費(科研費)を申請できるが、していない。手続きをすれば、お茶の水女子大学が契約している有料の研究ジャーナルを自宅のパソコンで閲覧できるが、していない。これは、名誉教授の称号授与後、申請しようと図書館事務員に連絡したが、事務員の無能・横柄さに嫌気がさして、手続きしなかったためでもある。というわけで、お茶の水女子大学との利害関係はとても希薄である。

動向分析する国内組織

日本に生命科学の動向を分析し、科学政策に生かす趣旨の組織がいくつもある。例えば、国立の大学院に、政策研究大学院大学(GRIPS) がある。文部科学省に科学技術政策研究所 (NISTEP) があって、業務として、科学技術予測や科学技術動向を分析し報告している。

日本の省庁は横並びだから、他省庁にも政策研究機関がある。科学技術振興機構がまとめているサイトを見ると農林水産省には農林水産政策研究所があるなど、各省に専属のたくさんの国立政策研究機関がある。

もちろん民間にも政策研究組織があり、日本経済団体連合会には、21世紀政策研究所があり、生命科学の医薬品に限れば、医薬産業政策研究所など、そうそうたる組織がある。

国内だけを書いたが、もちろん海外にも多数ある。というか、国内より海外の方が量的にも質的にも優れた多数の組織があり、研究者がいる。欧州の事情は十分把握していないが、米国にある国際機関、米国政府系機関、民間シンクタンク、大学の研究室などなど多彩で優秀な分析者が多数いる。

誰のための動向分析?

バイオ政治学は、「バイオ科学研究を人間の幸福・興奮・充実に結びつけるにはどうしたらよいのか?」、生命科学の立場から、目標、知識、考え方、スキルを構築し実行する学問である。「生命科学において、何をどう研究するれば大きな成果が得られるのか?」の分析は重要課題である。

では、誰のため、何のために生命科学の動向を分析し提示するのか? そして何年先までの動向分析が必要なのかを、具体的に示そう。

①  <20代~40代のバイオ研究者>
動向分析が必要な大きな対象は、20代~40代のバイオ研究者である。この人たちは、日々研究を展開し、研究成果を得ている。しかし、かつての自分がそうであったように、狭い研究領域の中で研究していると、目先のことしか見えず、全体が見えない。全体を見る余裕もない。そのことで、自分の研究を大きく飛躍できない。

その結果、今までの研究領域・研究対象・研究手法・研究哲学に固執する。というか、今までを捨てて別に乗り換えるのは怖いし、乗り換えのスキルを持っていない。「①前に進める」研究ではなく、「②横に曲げる」研究が重要と説いても、どのように「②横に曲げる」ことができるのか? 考え方・知識・スキルがわからない。それどころか、「①前に進める」研究でさえ、おぼつかない。一方、当然ながら、研究領域・研究対象・研究手法・研究哲学には賞味期限があり、年々、ジリ貧になる。

特に、若い研究者ほど、この閉塞感に悩まされる。そのような人たちに今後の道を示してあげたい。あるいは、どの研究対象をどう解析すればかなりいい研究成果が得られるか示してあげたい。この場合、10~20年先までを予測する中期動向が必要だろう。

② <生命科学系の学部生、大学院生、ポスドク>
生命科学系の学部生、大学院生、ポスドクも動向分析を必要としている大きな対象である。この人たちは、メディア報道、先輩・教員の言動、それに、自分の「勘」で自分のキャリア・専攻分野・指導教員・研究テーマを選択してきている。科学的なデータを根拠に、自分で動向分析できる知識・スキル・経験がないから、そうせざるを得なかった面が強い。その人たちが人生の荒波を航海していくとき、噂や勘だけでなく、科学的に分析する知識・スキルをしめしたい、またその分析の結果得た正確な海図を提供したい。

また、彼らのうち、優れた研究成果を挙げる一群は、大学教員や研究所研究員などの研究者になれる。一方、対極のほとんど研究成果を挙げない一群は、研究者になれないし、なろうとも思わないだろう。

難しいのは、その中間の一群である。チョッと研究が面白いと感じて、博士課程の大学院に進学する学部生、基準スレスレで博士号を取得した院生、ポスドクで何とか食いつないでいる人、この一群は、アカデミックポスト(大学教員職)を希望している人が大半だが、就職できず、結構、みじめな人生になる。

ゴスリング著『理工系&バイオ系 大学院で成功する方法』(日本評論社、2010年6月、白楽訳)が示したように、研究者としての成功の鍵は「適切な計画立案」と「良好なコミュニケーション」に尽きる。だから、「生命科学において、何をどう研究するれば大きな成果が得られるのか?」の解答は、「適切な計画立案」に必須である。この場合、10~20年先までを予測する中期動向が必要だろう。

③ <中高生とその両親、中高教員、予備校>
中高生とその両親、中高教員、予備校講師にとって、中高生の進路はとても重要である。もちろん、中高生自身が自分の好きな進路・望む進路・なりたい職業を自由に選べばよい。しかし、「好き」「自由」の根拠は、メディアの影響が大きいが、両親、中高教員、予備校講師の価値観・情報にも大きく影響される。

現在、学業成績がいい生徒で理系志望なら、医学部進学を本当にすすめてもいいのだろうか? 進路はその人の人生を大きく決定してしまう。筆者が高校生の頃、学業成績がいい生徒は医学部進学をしなかった。前述したように、かつてはよかった歯学部は、現在、悲惨な状況になりつつある。中高生の進路は、「現在よい」領域を選ぶのは危険すぎる。「現在よい」ではなく「未来がよい」で選択すべきである。この場合、30~40年先までを予測する長期動向が必要だろう。

④ <大学教員・管理者、大学リサーチアドミニストレーター>
解説を省くが、動向分析が必要なことは、解説しなくても理解してもらえるだろう。期間は5年先までを予測する直近動向と10~20年先までを予測する中期動向が必要だろう。

⑤ <政治家・科学技術官僚>
教育は国家100年の計である。教育は国にとっても、受ける個人にとっても重要である。しかし、日本の現実を考えると、100年は理念であって、実質は、期間は5年先までを予測する直近動向から30年先までを予測する長期動向でいいだろう

⑥ <生命科学系産業人>
生命科学産業は儲けなくてはならない。医薬品産業では、開発の「次のターゲットは何か?」が重要である。食品産業では、食品として「次のターゲットは何か?」。生命科学系のメディア・出版界では、どんな内容を編集企画すれば売れるのか? など、生命科学系産業人が次の儲けを探す。この場合、期間は5年先までを予測する直近動向と10~20年先までを予測する中期動向が必要だろう。

⑦ <証券アナリスト、投資顧問、動向研究者、科学アナリスト、研究コンサルタント>
どのような生命科学産業が伸び、あるいは、衰退していくか? 伸びる会社に投資し、衰退する会社から撤退する。カンと読み、勝負と信念。失敗すれば悲惨で成功すれば大金を手にする。解説を省くが、期間は5年先までを予測する直近動向が有効だろう。

年数のスパンは過去30年・未来30年

誰のために動向分析するかを考えると、未来の範囲上限を30年先として良いだろう。そして、古い時代のデータは、30年先の未来に寄与する度合が少ないだろう。例えば、100年以上前の江戸時代の日本の生命科学がどうであれ、未来の日本の生命科学への寄与度はとても少ないだろう。

そこで、動向分析の年数のスパンは、過去30年の動向をデータ(事実)で示し、10年先・20年先・30年先までの将来を推測することで十分だと考えた。だから、1980年、1985年、1990年、1995年、2000年、2005年、2010年の7点の過去30年(可能なら)のデータを集め分析する。そして、10年先・20年先・30年先である2020年、2030年、2040年を予測する(可能なら)。そのうえで、現在、「何をどう研究すれば大きな成果が得られるのか?」を考える。

もちろん、過去30年と言っても、30年前の過去はその前の過去から続くので、場合によると時代の流れをつかむにはもっと大きな把握が必要かもしれない。

今回は以上です。
次回をお楽しみに。
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